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福岡地方裁判所小倉支部 昭和41年(わ)964号 判決 1974年1月29日

被告人 戸田学 外二名

主文

被告人らをそれぞれ罰金二五〇〇円に処する。

被告人らにおいて、その罰金を完納することができないときは、金五〇〇円を一日に換算した期間被告人らを労役場に留置する。

訴訟費用はその三分の一ずつを各被告人の負担とする。

理由

(一)本件に至る経過

被告人戸田学、同溝口富保、同藤井信幸は、いずれも昭和四〇年一一月頃から同四一年一〇月頃まで、北九州市役所職員をもつて組織する北九州市職員労働組合(以下市職労という)本部執行委員の地位にあたつたものである。

市職労は、昭和四〇年度の第六次賃金闘争の方針として無条件賃上げ等を決定し、右要求を貫徹するために、同年一〇月一八日開かれた臨時大会において、全国の公務員労働者によつて実施される「10・22」ストに積極的に参加することを決めていたところ、同月二一日当時の北九州市長吉田法晴から市職労に対し「過去二年間、人事院勧告を値切つてきたから、昭和四〇年度は無条件に賃上げをする。だから右ストを中止して貰いたい」旨の申出があり、市職労はこれを諒として右ストを収束することにした。

ところで北九州市においては、旧五市が合併して北九州市が発足した当時から一般職員と現業職員の給料表は同一であつたが、この点については昭和三九年頃から市議会において給料表の分断が盛んに論議され、現業職はその法律上の地位に照らし、別個に取り扱うべきであるとの強い意見もあり、更に自治省の北九州市行財政調査結果によつても、給料表の分断が勧告されていたところから、吉田市長もその実現の意向を固め、昭和四〇年一二月一八日には市職労に対し給料表分断を提案し、翌四一年一月二九日には、その分断を前提とした給料表案を市職労に提示してその分断の意思を明確にした。これに対し市職労は、統一給料表は戦後約二〇年間の闘争の成果であつて、一般職員の給料表から現業職のそれを分離することは、賃金乃至身分差別につながるばかりか、組合分裂の糸口ともなるとの見解をとつて市当局と激しく対立し、以後数次にわたつて行われた団体交渉も物別れに終つた。

そこで市職労は、給料表分断、給料引上げのスローガンを掲げて同年三月三、四日には、半日休暇闘争(いずれも休暇の承認ずみ)を行つたところ、市当局はいわゆる「五等級から四等級へのわたり」と特殊勤務手当については大幅な譲歩を示したが、給料表分断はあくまでも実施する態度を表明し、同月八日には右「わたり」についても誤解があつたとしてその撤回を申し入れ、更に同月一七日には組合が給料表の分断を認めない限り、給料関係の議案を市議会に上程しない態度を表明し、また分断を前提としない団体交渉には吉田市長は出席しない態度を明示した。これに憤慨した組合員らは、団体交渉再開、約束した賃金の支給及び給料表分断の撤回を求めて市長に対する集団陳情の運動を起し、同年同月二八日から同年四月一日まで連日同市役所に赴き、同年三月二八日及び二九日には、組合員約一五〇名が同日午後一時頃から午後五時三〇分頃までの間、市長室前の廊下及びその付近の階段に座り込み、同月三〇日には、組合員約二〇〇名が午前九時頃から午後三時頃までの間前同所に座り込み、同月三一日には組合員約六〇〇名が同庁舎の一階、二階の各廊下及び一階から二階に通ずる階段に座り込み、同日から翌四月一日にかけては徹夜の座り込みとなり、同日はその人数も約七〇〇名にも達したので、吉田市長は、同日午後二時一〇分、組合員らに対し「二時一〇分までに退去して下さい。退去しない場合には警察官の導入を要請する」旨の退去命令を出したが、被告人らを含む組合員らはこれに応ぜず、警察官の導入に強く抗議すべく庁舎の玄関に移動して座り込みを続けていたところ、同日午後三時二〇分頃、警察機動隊が出動して、被告人らを含む組合員らを退去させたものである。

(二)罪となるべき事実

被告人らは、昭和四一年四月一日市職労の組合員約七〇〇名と共に、北九州市戸畑区新池一丁目一番一号所在の北九州市役所玄関ホール及び廊下などに座り込んだため、同市役所職員らの執務に支障を来たすようになり、同日午後一時三〇分頃から数回にわたり、右組合員らに対し北九州市長吉田法晴から同市役所財政管財課員らを介して同庁舎からの退去を要請したが、これに応じないため同日午後二時三〇分頃同市長から戸畑警察署長に対し警察官出動による退去要請がなされ、同日午後三時一〇頃戸畑警察署の緒方交通課長らが、携帯マイクを使用して同市役所玄関から「市長から退去命令が出ています。座り込みを解いて庁舎外に退去するよう要請します。」旨の要求がなされたのにかかわらず、被告人らは他の組合員らと共に同庁舎から各退去しなかつたものである。

(三)証拠の標目(略)

(四)弁護人の主張に対する判断

弁護人は、被告人らの本件行為は、行為の目的、手段の相当性、被害の軽微性その他本件行為に付随した諸事情を総合すると、可罰的違法性を欠き無罪である旨主張するので検討する。

(1)  被告人らは庁舎の平穏を著しく害したか。

(証拠略)を総合すれば、市職労の組合員らは、昭和四一年三月二八日から同年四月一日まで、連日庁舎に座り込み、本件に至る経過で述べた如く、その座り込みの組合員数は日増に多くなつて、同月一日にはその数は七〇〇名に達し、その時間も次第に長くなり同月三一日から翌四月一日にかけては徹夜の座り込みになつたこと、又同月三〇日には組合員らが口々に市長室前の廊下から市長室に向つて大声で「市長早く出て来い」と叫ぶなどして喧噪にわたり、市長が当日午前一〇時に予定していた記者会見も予定どおりできなかつたこと、更に同月三一日には約六〇〇名の組合員が市当局の退去要請にもかかわらず、庁舎の一階及び二階の各廊下並びに一階から二階に通ずる階段に座り込みを続けたため、市職員が上司の決裁を受けるべく廊下を通行するのに極めて困難であつたこと、又翌四月一日には被告人らを含む組合員約七〇〇名が再三にわたる市長の退去命令にもかかわらず、前同所に居座り続けたため前同様に市職員が廊下を通行するのに極めて困難であつたばかりでなく被告人らを含む組合員らは、時々「団交に応じろ」とシユプレヒコールをして喧噪にわたる所為に及んだことなどが認められ、被告人らの所為により庁舎の平穏が著しく阻害されたといわざるを得ない。

(2)  本件退去命令は、庁舎管理上必要かつ相当であつたか。

前段説示の如く、組合員らの座り込みは、昭和四一年三月二八日から同年四月一日まで連日行われ、かなり長期にわたつていること、しかもその間の座り込みも次第に長くなつて同年三月三一日から翌四月一日にかけては徹夜の座り込みとなり、その人数も日増に多くなり、同月一日には約七〇〇名に達した。そのため市長及び市職員の執務にも支障を生ずるようになつてきたことなどを合わせ考えると、後述の如く被告人らに庁舎に止まる実質上の必要があつたことなどを考慮に容れても、本件退去命令は必要かつ相当であつたといわざるを得ない。

(3)  被告人らが庁舎に止まる実質上の必要性はあつたか。

(証拠略)を総合すれば、吉田市長は昭和四〇年一〇月二一日市職労に対し「過去二年間、人事院勧告を値切つた経験があるので昭和四〇年度は無条件に賃上げする」旨確約した。然るに同四一年一月二九日には一般職員と現業職員の給料表を分断する意思を明確にし、同年三月一七日には市職労に対し、給料表の分断を認めない限り給料関係の議案を市議会に上程しない態度を表明し、更に給料表分断を前提としない団体交渉には応じない態度を明示した。これに憤慨した組合員らが吉田市長に対し、その真意をただし自己の立場を説明しようとして市庁舎に赴いたこと自体何ら非難する余地のないものである。のみならず市長が誠意をもつて右陳情に応待しない場合に組合員らが同庁舎に止まりたいと考えたとしてもあながち非難することはできないであろう。

(4)  しかしながら組合員らが市庁舎に止まり得るにも自ら限度があつて、それが喧噪にわたり或は時間的に長くなり、執務に悪影響を及ぼすなどの事情がある場合には市庁舎からの退去を求められてもやむを得ないというべきところ、前段説示の如く組合員らの座り込みは極めて長期にわたり、その組合員数も日増に多くなり、その時間も次第に長くなつて、市長や市職員の執務にも悪影響を及ぼしたことが認められる以上、被告人らに座り込みの必要性が認められ、その動機、目的が正当であつたことを考慮に容れても、被告人らの所為は社会通念上極めて相当と認められる限度を逸脱した行為と認めざるを得ず、弁護人の主張は採用できない。

(5)  被告人らの判示各所為は、いずれも行為時においては刑法一三〇条、昭和二三年法律二五一号罰金等臨時措置法三条一項一号に、裁判時においては各刑法一三〇条、昭和四七年法律六一号罰金等臨時措置法三条一項一号に該当するが、犯罪後の法律により刑の変更があつたときにあたるから、刑法六条一〇条により、軽い行為時法の刑によることとなるところ、本件紛争の発端は、吉田市長が昭和四〇年一〇月二一日市職労に対し無条件賃上げを約束しておきながら、昭和四一年三月一七日には市職労に対して、給料表の分断を承認しなければ、給与関係議案を市議会に上程しない態度を表明し、今後給料表分断を前提としない団体交渉には一切応じない態度を明示したこと及び前述の如く吉田市長が組合員らの陳情に誠意をもつて応待しなかつた点にあつたこと、又組合員らは、警察機動隊が市庁舎に導入される以前には、たまに「団体交渉を開け」などをシュプレヒコールする程度にすぎず、喧噪状態が継続していたわけではないこと、更に被告人らの座り込みによつて一般窓口業務が停滞したり或は市職員の執務が不能になつたわけでもなく、単に市職員が廊下を通行するのに困難であつたにすぎないこと、その他諸般の事情を総合して考慮し、所定刑中罰金刑を選択し、その所定金額の範囲内で被告人らを各罰金二五〇〇円に処することとし、右の罰金を完納することができないときは、刑法一八条により、金五〇〇円を一日に換算した期間被告人らを労役場に留置することとし、訴訟費用については刑事訴訟法一八一条一項本文を適用して全部これを被告人らに負担させることとし、主文のとおり判決する。

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